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大阪高等裁判所 昭和38年(ラ)11号 決定

抗告人 山下昌則(仮名)

相手方 山下幸子(仮名)

主文

原審判を次のとおり変更する。

抗告人は相手方に対し即時金八〇、〇〇〇円及び昭和三八年八月から当事者双方が婚姻を継続し、かつ、同居するに至るまで一箇月金一〇、〇〇〇円ずつを毎月末日かぎり和歌山家庭裁判所に寄託して支払わねばならない。

理由

抗告人代理人は「原審判を取消す。相手方の申立を棄却する。」旨の裁判を求め、その理由として「抗告人は相手方と昭和三四年一一月三日結婚式をあげ、同年一二月三日その婚姻の届出をなし、有田市椒浜○○○○番地の八所在のアパートに同棲し、更に昭和三五年三月六日海南市藤白○○○番地の五に住家を新築し、右住家に昭和三七年二月二五日まで同棲した。抗告人と相手方との間には同年二月二五日長男利之が出生したが、相手方は産後養生のためその実家である海南市次ケ谷○○○番地山下和夫方で起居していたところ、同年六月一日抗告人はその勤務先の東亜燃料工業株式会社から転勤命令をうけて同月一二日現住所に転居した。

その間、抗告人と相手方との結婚生活は、抗告人の努力にもかかわらず相手方並びにその実父母の数々の不当な行状によつて次第に円滑さを欠き、遂に離婚の已むなき状態に立ち至つたので、昭和三七年四月一〇日媒酌人を使者として相手方の実家において相手方及びその実父母に離婚の意向を伝達したところ、相手方及びその実父母は一旦は離婚に同意し、ただ慰藉料額について折衝の余地ある返答をなしながら、後に右前言をひるがえして、現在相手方は長男と共に抗告人所有の前記新築家屋に居住し、不当に多額の婚姻費用分担の審判を求め、原裁判所は相手方及び長男の生活費として毎月一万円宛の支給を命ずる審判をなした。

併しながら、抗告人の収入、支出及び相手方の必要生活費は左記のとおりで、右審判は納得できない。

一、昭和三七年九月末現在の抗告人の収入。

本給三四、九〇〇円、生計手当二、八四〇円、大都市手当八〇〇円以上合計三八、五四〇円

二、同日現在の支出

(イ)  所得税八二〇円、健康保険料一、〇九二円、厚生年金六三〇円、失業保険料二八三円、組合費九八〇円、互助会費二三〇円、地方税一、五八〇円、寮室代二〇〇円、生命保険料六九〇円、食券代九〇〇円、互助会返金一、二二一円、寮費三、八五四円、時計月賦代一、六〇〇円以上一四、〇八〇円(月給より天引分)

(ロ)  牛乳新聞代一、〇〇〇円、英語会話教本五〇〇円、信用金庫払三、五〇〇円、ステレオ月賦二、〇〇〇円、天引部費一、〇〇〇円、琴月謝交通費一、六六〇円、業務交際費二、五〇〇円、食事補助一、八〇〇円、小遣雑費三、〇〇〇円、煙草代一、〇〇〇〇円、日用品又は本代五〇〇円、長男扶養送金五、〇〇〇円、貯金一、〇〇〇円以上合計二四、四六〇円

三、昭和三八年五月末現在の抗告人の収入

前記昭和三七年九月末現在のとおり。

四、同日現在の支出

(イ)  給料天引分合計二〇、三五〇円(内訳、所得税七一〇円、健康保険料一、一七六円、厚生年金六三〇円、失業保険料二七七円、住宅定期天引五、〇〇円、組合費九八〇円、互助会費二三〇円、寮室代二〇〇円、生命保険料六九〇円、寮費四、四二一円、食券代一、三五〇円、会社体育文化会費三、五二〇円、借金返済一、一六六円、地方税は未徴収の月で計上されていない。以上、差引手取額は一九、二六一円となる)

(ロ)  手取支出額二一、七〇〇円(内訳、住宅金融公庫月賦弁済金三、五〇〇円、長男及び相手方扶養料五、〇〇〇円、新聞書籍代一、〇〇〇円、外語学校通学費三、七〇〇円、小遣(煙草代等)一、〇〇〇円、食費及び交際接待費三、〇〇〇円、相手方との離婚調停出頭旅費四、〇〇〇円。以上、差引不足額は二、四三九円となる)

五、抗告人の財産状況

抗告人は海南市藤白○○○番地の五宅地一二〇坪〇五及び右地上木造瓦葺平家建居宅床面積一八坪四五(相手方現在)を所有しているが、他方右家屋建築のため、合計六〇万円の債務)内訳、住宅金融公庫より四〇万円、勤務先の会社より一一〇万円)を、又右土地買入のため合計六〇万円の債務(内訳、抗告人の兄山下正行よりの借金三〇万円、抗告人の姉節子の夫大橋義男よりの借金二〇万円、和歌山相互銀行よりの借金一〇万円)を負担しており、勤務会社から支給される年二回の賞与金は以上の債務の支払にあてられている現状である。

六、叙上の如く、抗告人は自らの生計費を極度にきりつめて現在相手方及び長男の扶養料として毎月五、〇〇〇円を送金しているのであるが、抗告人はこの程度の送金ですら、支出が収入を超過している現状で原審判の定めた金額を送金する余力は到底ない。

七、これに反して、相手方の主張する生計費の内に不要不当と思われるものがあり、抗告人と同様に相手方もまた節約の生活に忍従すべきは当然で、なお相手方の実父山下和夫は荒物雑貨類の卸 販売を業とし山陰、山陽、四国、東京等各方面に販路を有し相当の収益をあげて相手方を援助する能力がある。

八、以上、原審判は不当であるからこれを取消し、相手方の本件申立棄却の裁判を求める。」

というにある。

よつて考えるに、原裁判所における調査、審理の結果並びに当裁判所における抗告人及び相手方の審訊の結果によると、以下の事実関係が認められる。

抗告人は相手方と昭和三四年一一月三日結婚し同年一二月三日婚姻の届出をなし、その後抗告人主張の宅地を買入れ昭和三五年三月六日右地上にその主張の家屋を新築してここに同棲生活を営み、昭和三七年二月二五日両名の間に長男利之を儲けたが、抗告人はその間次第に相手方に対する不満の気持を高め離婚を欲するに至り、勤務先の会社からの転勤命令により昭和三七年六月八日頃単身赴任し現住所に転居してからは、抗告人所有の前記新築家屋に長男と共に居住する相手方とは別居生活に入り、事実上の離婚状態を呈するに至り、而して抗告人からの申立により現在和歌山家庭裁判所において離婚の調停手続が進められ、他方抗告人は相手方並びに長男利之の生活費として昭和三七年六月二七日、同年八月六日、同年九月一五日、同年一一月一日、同年一二月一四日、昭和三八年一月一七日、同年二月一二日、同年三月三〇日、同年五月七日、同年六月一〇日合計一〇回に各五、〇〇〇円宛を送金している。

ところで、このような離婚を前提とした別居生活の生活費用についても民法第七六〇条の適用があると解するのが相当であるから、抗告人と相手方とはその各自の資産、収入その他一切の事情を考慮して生活費用を分担すべきところ、抗告人の収入は、昭和三七年六月以降一月三八、五四〇円(内訳、本給三四、九〇〇円、生計手当二、八四〇円、大都市手当八〇〇円)で、右毎月の給与から天引された金額及び項目は、昭和三七年九月においては合計一四、〇八〇円(内訳、所得税八二〇円、健康保険料一、〇九二円、厚生年金六三〇円、失業保険料二八三円、組合費九八〇円、互助会費二三〇円、地方税一、五八〇円、配給品代他八、四六五円右八、四六五円は抗告人の主張では寮室代二〇〇円、生命保険料六九〇円食券九〇〇円寮費三八五四円互助会返金一二二一円時計月賦代一六〇〇円の合計額である。)で、昭和三八年四月においては合計二〇、三五〇円(内訳、所得税七一〇円、健康保険料一、一七六円、厚生年金六三〇円、失業保険料二七七円、住宅定期預金五、〇〇〇円昭和三七年九月にはなかつた項目である)、組合費九八〇円、互助会費二三〇円、配給品代他一一、三四七円右一一、三四七円は寮室代二〇〇円、生命保険料六九〇円、食券一、三五〇円、寮費四、四二一円、互助会返金一一六一円、会社体育文化会費三五二〇円の合計額。地方税が天引されていないのは、地方税は四、五月はこれを月給から天引徴収しないからである。)である

而して抗告人は昭和三七年九月の手取給与額二四八六二円を以て左の通り支出にあてた。即ち、牛乳新聞代一、〇〇〇円、英会話教材費五〇〇円、信用金庫返済金三、五〇〇円(家屋新築借入金ステレオ買入代月賦金二、〇〇〇円、天引部費一、〇〇〇円、琴月謝交通費一、六六〇円、業務交際費二、五〇〇円、食事補給費一、八〇〇円、小遣雑費三、〇〇〇円、煙草代一、〇〇〇円、日用品本代五〇〇円、相手方及び長男の生計費として送金五、〇〇〇円、貯金一、〇〇〇円。以上合計二四、四六〇円

抗告人は昭和三八年四月、手取給与額二〇、三五〇円を得たが、同月給与から天引された以外の抗告人の同月分支出額は左記のとおりで手取給与額を超えているのである。即ち、牛乳新聞代一、〇〇円、英会話授業に関する諸経費三、七〇〇円、前記信用金庫返済金三、五〇〇円、食費接待費三、〇〇〇円、煙草代一、〇〇〇円、被服費五〇〇円、前記のとおり相手方に対する生計費送金五、〇〇〇円、離婚調停のため和歌山家庭裁判所に出頭する費用四、〇〇〇円以上合計二一、七〇〇円。

抗告人の資産として同人はその主張の(土地買入価格六〇万円)家屋(建築代金七〇万円)を所有しているが、抗告人は家屋新築資金として勤務先の会社より二〇万円(五年間に完済の約定)、住宅金融公庫より四〇万円借入れ昭和三七年一一月現在会社に対しては右返済未払残額一〇万円あり、毎月一、三〇〇円程度、ボーナス期には一六、〇〇〇円を返済する約定であり、右公庫に対しては三五万円の残債務があり毎月三、五〇〇円宛返済の約定となつており、他に特筆すべき財産はない。

一方、相手方は、特筆すべき資産収入はなく、長男をかかえて生計費として一月平均一万六、七千円の支出をしている。その主たる項目は、昭和三七年九月当時、主食費四、八五〇円、副食費四、〇〇〇円、調味料費三五〇円、子供に与える果物代等五〇〇円、光熱費(風呂薪、プロパン、電気代)一、七〇〇円、住居費(水道代三三〇円、室内カーテン代等)、衣料費一、三〇〇円、保健衛生費(子供医療費ビタミン剤、化粧品等)一、七〇〇円、教養娯楽費(新聞代、ラジオ料金)八〇〇円、交際費三〇〇円、雑費七〇〇円である。

ちなみに海南市における女二七才、男児〇才の母子家庭の生活保護基準支給額は昭和三七年当時ほぼ五、五三〇円ないし五、六四五円であり、又相手方の実家は相手方の住所地と同じ海南市にあつて、実父母、兄(長男)、弟、妹あり父はしゆろ、荒物卸 商で長男(未婚)がこれを手伝い、妹は他に勤めに出ており、弟は高等学校卒業し進学準備中である。

以上によると、一見抗告人は相手方に対して毎月五、〇〇〇円以上を送金することは困難な収支の状況にあり、又海南市の保護基準支給額によると、相手方の本件婚姻費用分担請求額及び現実支出額は過大で、かつ、不用不急の支出がある如く見受けられるが、抗告人の給与からの天引額の前記項目、その手取金額からの支出内容を仔細に検討すれば、必ずしも、これを節約し得ないもののみとは断定し難いものがあり、又一方、海南市の前記生活保護基準を採用して同額の金額を本件の婚姻費用分担額と認定することは必ずしも妥当とは言えないところであつて、前記抗告人の収入、支出並びにその生活環境、相手方が幼い長男を監護養育していること並びにその生活環境その他諸般の事情を参酌するときは、抗告人の本件婚姻費用分担額は一月金一万円を以て相当であると解すべく、抗告人は毎月末限右金員を相手方に支払うべきである。

ところで、原審判は昭和三七年一一月分までの右支払期日の到来した婚姻費用分担額合計五〇、〇〇〇円に対して抗告人から送金した額は二五、〇〇〇円と認めたが、右送金額は前記の如く金二〇、〇〇〇円で、従つて、原審判当時即時に支払うべき金員は金三〇、〇〇〇円となるべく、而して昭和三七年一二月分から昭和三八年七月分までの婚姻費用分担額合計八〇、〇〇〇円に対して抗告人の送金した合計額は前記の如く三〇、〇〇〇円であるから、本決定の時における抗告人の即時に支払うべき金額は合計八〇、〇〇〇円となるべく、従つて、抗告人は相手方に対して金八〇、〇〇〇円は即時に、而して昭和三八年八月から当事者双方が婚姻を継続し、かつ、同居に至るまで毎月末日までに一箇月金一〇、〇〇〇円宛の金員を、原裁判所に寄託して支払うべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 裁判官 井上三郎)

参考

原審判(和歌山家裁 昭三七(家)四二五号 昭三七・一二・二七審判 認容)

申立人 山下幸子(仮名)

相手方 山下昌則(仮名)

主文

相手方は申立人に対し即時金二五、〇〇〇円および昭和三七年一二月から当事者双方が婚姻を継続し、かつ、同居するに至るまで一ヵ月金一〇、〇〇〇円ずつを毎月末日かぎり当裁判所に寄託して支払わなければならない。

理由

一、本件申立の要旨

申立人と相手方とは、昭和三四年一二月三日婚姻した夫婦であつて、その間に長男利之(昭和三七年二月二五日生)があり、従来申立人肩書住所で同棲していたが、相手方は、同三七年六月以降その肩書住所に単身居住し、申立人は、長男とともに別居生活を送り生活に困窮しているから、相手方に対し一ヵ月金一五、〇〇〇円の割合による生活費の支払をもとめる。

二、当裁判所の判断

(1) 当裁判所の調査の結果によれば、

(イ) 申立人と相手方とは、昭和三四年六月一二日申立外大橋良子および岡田芳枝両名媒酌の下に婚約ととのい、同年一一月三日和歌山市経済センターにおいて結婚式を挙げ、同年一二月三日その届出を了し、当初和歌山県海草郡○○町大字○○所在の○○燃料工業株式会社々宅において同棲していたが、同三五年二月以降申立人肩書住所に家屋を新築してこれに移転し、同三七年二月二五日長男利之が出生したこと、

(ロ) ところが、相手方は、同棲後一年位の頃から、申立人は陰気であるとか、愛情がないとか、または立居振舞が意に満たないとかの理由から媒酌人に不満を述べていたが、申立人が長男分娩後実家で静養中昭和三七年四月一〇日頃媒酌人岡田芳枝を通じ突然申立人に離婚を申入れ、申立人は、事の意外に驚きその不当を詰り数次の折衝を重ねているうち、相手方は同年六月初旬上記勤務会社の中央研究所に転勤となり、単身赴任し爾来上記相手方肩書住所に居住し、申立人は、他日の円満同居をねがいつつ長男とともに別居生活を営んでいること、

などの事実が認められ、この事実によれば、相手方は、別居以前から申立人との離婚を望み、その話合いがついていないことが認められるが、相手方が申立人に離婚をもとめる理由が明らかでないばかりでなく、申立人は、ひたすら相手方の翻意を待ち円満同居を希望しているなどの点から見て、当事者間の夫婦関係は、婚姻を継続し難い程度に破綻しているものとは到底認め難く、また仮に、その綻が婚姻を継続し難い程度に至つているとしても、その破綻責任が申立人にありとも認められないから、特段の事情のないかぎり、相手方は、申立人との婚姻継続中その資力に応じ申立人に対し同人と長男との生活費を負担支給すべきものと解する。

(2) そこで進んで、相手方の負担すべき数額について考えるに、当裁判所の調査の結果によれば、

(イ) 申立人らは、現在申立人ら結婚後相手方が新築した家屋に居住しているが、別居後昭和三七年六月から同年一二月までの間前後五回にわたり、相手方から合計金二五、〇〇〇円の送金を受けたばかりで、これでは到底生活を維持することができず、現在のところ当歳の長男を抱えては収入の途を講ずことも考えられないし、また親族からの扶養も期待できないから、相手方に一ヵ月金一五、〇〇〇円程度の生活費の負担を希望していること、

(ロ) 相手方は、昭和二八年三月和歌山県立○○高等学校卒業後直ちに○○燃料工業株式会社に入社し、和歌山製油工場に勤務していたが、同三七年六月八日同社中央研究所○○課に転勤となり、上記肩書寮に単身居住し、同年九月現在においては一ヵ月金三八、九四二円の給与を受け、諸控除を差引き金二四、八六二円の手取収入があり、相手方一人の生活としては相当余力ある生活を営んでいること(もつとも相手方は上記手取金のうちから家屋新築費の返済として一ヵ月金三、五〇〇円を支払つていることが認められるが、上記収入の外に賞与金などの別途収入もあることと考えられるから、その補填はさして難事ではないものと推認される)

などの事実が認められ、これに上記別居に至るまでの経緯などの一切の事情を考慮すれば、相手方は、申立人に対し申立人および長男の生活費として一ヵ月金一〇、〇〇〇円を負担支給するのが相当と考える。

よつて、相手方は、申立人に対し本件申立のあつた昭和三七年七月から同年一一月までの分として合計金五〇、〇〇〇円からすでに送金した金二五、〇〇〇円を控除した金二五、〇〇〇円を即時に支払うとともに、同年一二月から当事者双方が婚姻を継続し、かつ、同居に至るまで一ヵ月金一〇、〇〇〇円ずつの金員を当裁判所に寄託して支払うべきものとし、主文のとおり審判する。

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